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The Last Boy ザ・ラスト・ボーイ

イギリス映画 (2019)

映画の冒頭、13世紀のペルシャ文学史上最大の神秘主義詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの著名な詩が示される。「Out beyond ideas of right doing and wrong doing there is a field. I'll meet you there」。幾つか邦訳はあるが、この映画にぴったりなのは、「正しさと誤りの観念を超えたところに野原がある。そこで君と会うだろう」というもの。ペルシャには野原はないので英訳の “field” は不適切という指摘もあるようだが、この映画では、最後に行き着く先は野原、そして、そこで主人公のシーラ(Sira)は期待通りの人に遭う。この詩と同じように。この「シーラ」という名前だが、普通は女性につけられる名。なのに、「なぜ?」と思い調べてみたら、“Sira” という名前は古代アッシリア(紀元前21世紀)由来と書いてあった。古代ギリシャ語〔Σείριος〕では「輝く太陽」という意味で、ラテン語〔Sīrĭus〕ではシリアから来た人々を指していた。その古代アッシリアは、ルーミーがいたアッバース朝ペルシャの版図に含まれている。偶然に選ばれた名ではない。因みに、映画の中で、別のルーミーの詩が大きな役割を果たす。この映画の舞台は、異界からの侵略により、人類がほぼ絶滅したイギリス南部。しかし、そこにはハリウッドが得意とする如何なる形のエイリアンも登場しない。「敵」は、一陣の「風」。意思をもった電磁波のような存在。それに襲われると、人間は一瞬真っ白な石のようになり、そして、塵となって四散する。この「風」は人口の多い都市から襲い、イギリス南部に生き残った人はゼロに近い少数。しかし、この「風」は水の近くでは効力を失うようで、政府も事前に「この敵意を持ったエネルギー体の襲来」を察知していたらしい。こういう漠然として謎に包まれた状態下で映画はスタートし、13-14歳くらいの少年シーラは、母から託された特殊な携帯スキャナーを持ち、「望みの叶う野」を目指して徒歩の旅に出る。途中で遭う人も僅か、出来事も僅かだが、ラストは印象的。内容は全く違うのに、何となく、以前紹介した『ミッドナイト・スペシャル』(2016)を思い出してしまった。

「風」と呼ばれる地球外からの侵略物体により、一瞬にして崩壊した人類社会。それをある程度予知していた数少ない政府の職員を母に持つシーラは、池の端のキャンピングカーで母の世話をしながら(暴徒に襲われ瀕死の重傷を負った)、「風」に襲われないように注意しつつ、毎日を送っていた。母は、自分の死の近いことを悟り、シーラに、「望みの叶う野」に行けば事態は一変すると教え、そこに辿り着くまでの安全なルートを何度も復唱させる。そして、ある夜に息を引き取る。1人残されたシーラは、「風」の襲来を探知できるスキャナーを持ち、さらに重要なことは、その「風」を逸らせる訓練も受けていた。そして、母に指示された通り、水辺からなるべく離れないように目的地に向かう。途中でリリーという少女に出会い、一人ぼっちの彼女はシーラに同行する。シーラたちは、水甕を円形に配置すれば「風」が襲ってこないことを誰かに聞いた男(司祭の成れの果て)が、女性たちを半ば奴隷にして教会で暮らしているのにも遭遇する。男は、シーラからスキャナーの操作法を聞き出そうとして罠を仕掛け、逆にその罠にはまって「風」の餌食となる。シーラが次に会ったのは、新妻の生死を確かめに来たジェイという兵士と、近くの大学で物理を教えていたジェナという女性。ジェイは純朴でシーラの能力に一目置いたが、自尊心の高いジェナは、近くに住んでいる自分の教授のところにいけば、シーラと同じようなことができるようになると思い込み、シーラに「禁じられた寄り道」をさせた挙句、リリーを「風」の犠牲にしてしまう。最後に、シーラ、ジェイ、ジェナの3人は、「望みの叶う野」に辿り着く。そこでは、信じられないようなことが起こり、ジェイは死に、シーラは究極の二択を迫られる。シーラは母が新たに残した地図に従い、非を悟ったジェナと新たな旅に出る。

主役のシーラを演じるのは、フリン・アレン(Flynn Allen)。これが20数本目の映画出演というベテランだが、そのほとんどがショートムービーという変わった来歴。そして、出演時の年齢だが、2003年生まれなので1年前の製作でも15歳。しかし、映画の中では変声期前。いくらなんでもおかしい。そこで、2017年の出演作『A Suburban Fairytale』と『Reading Lindsay Keegan's Diary』(下の写真)をチェックすると、両者ともこの映画のシーラとほぼ同じ。従って、この映画は2019年1月の公開だが、撮影は2016年か2017年のどちらかであろう。この映画は、ショートムービーの延長線上にあるような作品なので、フリンにとっては本格映画への初主演だが、演技は手慣れた感じで 実にリアル。
  


あらすじ

映画は、穏やかな池の風景から始まる。岸にロープでつながれた小さなボートが池に浮かび、少年が横になっている(1枚目の写真)。すると、鳥が騒ぎ出し、少年が不安げに体を起こす。音のようなものが聞こえる。少年はリモコンのような器具を取り出しスイッチを入れる。音が近づいてくる。少年が手に持っているのは、一種の携帯スキャナーで、下半分に青と緑の波形が現れ、上半分には赤い線が出現し、赤い線に現れたパルスのような突起が中央に寄って来る(2枚目の写真)。少年がずっと見ているとパルスは消えて赤線だけとなり、やがて赤線も消える。少年は安心し(3枚目の写真)、スキャナーを置く。このスキャナーは、母が、安全を確保するために息子のシーラに渡したもので、「風」が近づくと赤い線が現れ、至近距離に達するとパルスとして表示されるらしい。しかし、この「風」は水を嫌うため、水上にいるシーラは安全が確保されている。
  
  
  

シーラは、ボートを岸につけると、釣った魚2匹を持って池の端に停めてあるキャンピングカーに向かう。キャンピングカーに入ったシーラは、魚をキッチンに置く(1枚目の写真)。奥では、健康状態の悪い母が横になって寝ている。シーラは、ダウンベストを脱ぐと、ミネラルウォーターをコップに注ぎ、母の横のソファに座ると、「ママ」と呼びかける(2枚目の写真)。母は、呼びかけだけでは起きず、シーラが体を揺すってようやく目を開く。渡された水を一口だけ飲むと、「体を起こすのを手伝って」と頼む。シーラは、母の上半身の後ろに枕を2つ入れる(3枚目の写真)。
  
  
  

母:「もう、あまり時間が残っていない。あなたが、ちゃんとやれるか確かめないと」(1枚目の写真)。シーラ:「ちゃんとやれるよ」。「地図を出して」。シーラは棚の脇に折り畳んで立てかけてあった地図をつかむと、母に差し出す。「これまで何度もやって、あなたが心得ていることは知ってるけど、もう一度だけ、私のために やって見せて。ルートを示してみて」。シーラは、素直に地図を拡げると、現在位置を指差し、そのまま上にずらしつつ、地図上部の黄色のエリアまで動かしていく(2枚目の写真、下の矢印がキャンピングカー、上の矢印が「黄色のエリア」)。母:「なぜ、その道なの?」。シーラ:「水のある場所からできるだけ離れないようにするため。水が僕を守ってくれるから」。母は、地図の右端の×印を指差して、「そこは?」と訊く。「邪悪」。「なぜ?」。「風は、都市の中に隠れてる」。「他には?」。「水のない開けた場所」。中央の×印を指して、「ここは?」。「注意しないといけない。見て、耳を澄まし、スキャナーを使う」。「それから?」。「夜は、絶対 外に出ちゃいけない。水の近くでも」。「約束する?」。「約束するよ」。「こっちにきて」。母は息子を今生の思いで抱きしめる(3枚目の写真)。夕方になり、母は、シーラが作った夕食をベッドで横になったまま口につける。「あなたと一緒に行きたかった」。「僕もだよ」。しかし、すこし食べただけでむせてしまい、体が受け付けない。「彼らが、私をこんな目に遭わせると知っていたら…」。夜が来て、シーラは、眠っている母の上に優しく毛布をかける。
  
  
  

そして、朝が来て、シーラが目覚めると、母の様子がおかしい。シーラは、「ママ」と声をかけて揺するが反応はない(1枚目の写真)。口に手を当るが、母は息をしないない(2枚目の写真)。その後、シーラが母の服を少し下げると、えぐり取られた乳首が見えるので、母の死因は、「彼ら」による暴力の結果だと分かる〔「風」とは無関係〕。シーラは、母の額にお別れのキスをすると(3枚目の写真)、母の写真、スキャナー用の予備の電池をナップザックに入れる〔地図はポケット〕。そして、最後にもう一度母を悲しそうに見ると、キャンピングカーを後にする。右手には、常にスキャナーを持っている。
  
  
  

シーラは、なるべく水辺の近くを歩くが、時々、野原の向こうに薄っすらと超高層ビル群らしきものが見える。一度、スキャナーが鳴り、突風が横を通り過ぎていったこともあった〔後で、分かるが、シーラは、このスキャナーを使って、「風」を逸らせることもできる〕。かなり歩いて行くと、誰もいないように見える納屋があった。あたりはまだ明るいが、この辺りには、ここしか隠れる場所がないので、中に入って行き 干草の上で横になる(1枚目の写真)。真夜中になり、突然、スキャナーが反応する。目が覚めたシーラが窓の外を見ると、野原を1人の男が走っている。男は納屋に近づいたが、風も同じように襲ってきた。そして、スキャナーには、赤い斑点が現れ〔恐らく、「風」が人間を塵に変えた印〕、反応が消える。安全を確かめると、シーラは再び横になって眠る。朝になり、シーラは建物の中をチェックする(2枚目の写真)。すると、干草の陰に1人の少女が寝ていて、びっくりして起きる(3枚目の写真)。「あなた誰?」。「シーラだ。君は誰?」。「リリー」。「ここで何してる?」。「何人かと一緒にいたの。そしたら風がきて、逃げたんだけど、はぐれちゃった」。「昨夜、男を1人見た。風から逃げて走ってた。君の仲間かい?」。「さあ」。「まあいい。僕は出て行く」。「どこへ行くの?」。「願いが叶う場所だ〔place that grants wishes〕」。「行ってもいい?」。「うん」。シーラは注意する。「いいかい、水辺に着くまでは、できるだけ静かにしなくちゃいけないんだ」。「知ってる」。シーラがスキャナーを手に持つ。「それ何?」。「風を探知できるんだ」。「どこで手に入れたの?」。「お母さんがくれた」〔彼は、正直で何も隠さない〕。納屋を出たところに、昨夜、風に殺された男が立っていた〔石化したように見えるが、少しでも触れると塵のようになる〕。「これ、君と一緒にいた人?」。「こんな人 知らない」。
  
  
  

2人は、話しながら歩く。「『願いが叶う場所』って、どこにあるの?」。シーラは地図を見せ、「ここだ。今は、ここ」と親切に教える。「遠いのね」。「ああ」。「それで、その場所についたら、何を願っても ちゃんと叶うの?」。「ああ」。「なぜ分かるの?」。「お母さんがそう言った」。「お母さん、そこにいるの?」。「いいや… 死んだんだ」。「じゃあ、生き返るよう願うのね? 願いは何回叶うの? 一度だけ?」。「知らない」。謎の多い会話だ。2人は、短いトンネルの前に来る。スキャナーに赤い斑点が現れたので、シーラは安全策をとり、迂回する。そのお陰で、2人は変なシーンに遭遇する。野原の真ん中を、恐れることなく歩いている連中がいる。シーラは双眼鏡で覗く(1枚目の写真、矢印)。双眼鏡では分からなかったが、それは、男1人と女8人のグループ。男の周りを女8人が円形に囲み、全員が水の入った大きな水甕(がめ)を抱えている。その時、スキャナーが反応し始める。風は一直線に集団目がけて襲ってきたが、水の円陣に阻まれて2つに割れて逸れる(2枚目の写真、矢印は風の来た方向)。全てが無事に終わった後、真ん中にいた頭巾の男は、森の際で光るものを見てしまう〔シーラの双眼鏡の反射光〕。2人は、その夜泊まる場所に入って行くが、すぐに、先ほど野原にいたグループが現れる(3枚目の写真)。生き残った人間は貴重なので、わざわざ後をつけてきたのだ。
  
  
  

2人は、教会まで連れていかれる。女性たちを仕切っているのは、中世風の衣装をまとった年輩の男。異変の起きる前はまともな司祭だったが、今は生き延びるための野獣と化している。教会に連れて行くまでは、リリーの手を握って如何にも親切そうに見えたが、教会に入ると、一番年上の女性に命じて、2人を牢に入れさせる。女性は、「あなたたちのバッグを渡しなさい」と言い(1枚目の写真)、バッグを受け取ると、「ポケットの中身を出しなさい」と命令する。リリーが、「何も持ってない」と言うと、実際に確かめる執拗さ。シーラからは、スキャナーと地図を没収する。そして、牢から出ると鉄格子を閉め、鎖をかける(2枚目の写真)。2人が疲れたので寝ていると〔リリーは1つしかないベッド、シーラは石の床の上〕、鉄格子が開き、シーラだけが呼び出される。シーラは女性に、「ここはどこなの?」と尋ねる。「避難所」。「避難所?」。「安全な場所」。女性が連れて行ったのは、先ほどの男の部屋。女性がノックすると、顔を殴られた若い乙女が出てくる。女性は、「後で会いましょ。心配しないで。あの男が与えてくれる保護に比べたら、お安いものよ。すぐに慣れるわ」と言うので、①この乙女は来たばかり、②男は囲っている若い女性全員に暴行を加えているらしいことが分かる。シーラにその惨さが分かったとは思えないが、次は、シーラが部屋に入らされる(3枚目の写真)。
  
  
  

男は、シーラから奪ったスキャナーを目の前に置き、「これは何だ?」と訊く。シーラは答えない。「強くて物静かなタイプか。風を逸らせるのに使うんだな。見せてみろ」。「あんただって知ってるだろ。野原でやったじゃないか」。「必ずしも そうとは言えん。こいつを持ってた奴は、お前が初めてじゃない。前に持ってた奴は、こいつで何かをしやがった、俺にはできんことをな。だが、お前は何か知ってる」。「じゃあ、見せかけなんだ」。「その通り」。「水のお陰だったんだ」。「賢い子だな」。そして、シーラが持っていた地図から、水の近くを行けば安全だと知ってはいるが、これは知らんだろうと自慢げに話す。それは、正しい幾何学的パターンで十分な量の水を用意すれば、同じ効果が得られるということ〔だから、野原で救われた〕。男は、さらに、シーラの地図で黄色く塗ってある目的地についても、「このエリアは、知っている。何もないぞ」と言う。そして、シーラの前まで来ると、スキャナーを手に持ち、「もう一度 お前に訊く。こいつで、どうやって風を逸らす?」と尋ねる。しかし、シーラは睨むだけで、答えようとしない(1枚目の写真)。「お前が口を割るまで叩きのめしたっていいんだぞ。だが、外にいる女はお気にめさんだろう。代わりにお前の小さな友だちに訊くことにしよう」。教会の外には、1本の柱が立てられ、手前には、水甕が円形に並び、中にいる者を守っている。男は、リリーに 「お前の友だちは、ちと非協力的なのだ。これで、彼の気が変わると期待してる」と言うと、リリーの首にスピーカーをかけさせる。そして、世話役の女性に柱まで連れて行かせる。女性:「ここにいなさい」。リリー:「いたくない」(2枚目の写真、矢印はシーラ、1人おいて左に悪漢、周囲に水甕)。「お友だちが殴られてもいいの?」。男の言いなりにはなったが、女性はこの「テスト」に反対する。しかし、男は「我々は、この新しい世界で、正しさと誤りの観念を超えるんだ」と言い、音の入ったレコーダーを再生させる。すると、リリーの首にかけたスピーカーから音が鳴り響き、「風」が近づいてくる。リリーはスピーカーを捨てて逃げ出し、シーラは自分のスキャナーを手に取る。そして、リリーを守って風を追い払う【右の写真で、左が「風」が接近した状態。中央は、シーラの思念で青と緑がきれいな太い波に変わったところ。右は3色が合体する寸前→合体すると「風」が逸れる】。男は、この成果に大喜び。シーラの手からスキャナーを奪うと、如何にも自分が万能になったように振る舞う〔使い方をしらないくせに、格好だけつけている〕。そして、リリーが捨てていったスピーカーを拾う。シーラは、女性に、野原で一行を守ったのは水のせいで、男はスキャナーの使い方など知らないと打ち明ける。それを聞いた女性は、今までの不正の復讐を遂げようと、レコーダーを再生させる。風は再び襲来し、何の能力もない男を粉末化する〔その他の人々は、水甕で守られている〕。風が去った後、シーラは男の手から、スキャナーを取り上げる(3枚目の写真、矢印はシーラのスキャナー)。すると 男は塵に。女性たちは、今後は、水甕があるので、男の言いなりにならずに生きていける。リリーは一緒に残るよう強く説得されるが、シーラと一緒に行く方を選ぶ〔シーラが好きというよりは、「願いが叶う場所」でパパに会いたいから〕。2人は、「さよなら。ありがとう」の言葉に見送られて教会を出発する。
  
  
  

ここで新たな登場人物が紹介される。ジープに乗った中年の兵士だ。ジープは風に追われ、兵士は銃を持ってジープから飛び降りる。そして、木陰に隠れてサイレンサー付きの銃でジープのガラス窓を撃ち、ガラスの割れる音に「風」の注意を惹きつけて死を免れる。手慣れた感じだ。風が去ると、兵士は、塀を乗り越え、木立の中の一軒家に入って行く。彼は、家の様子に精通した感じで中に入って行く。人の気配はない。居間にはティーカップが片付けられずに残っている。そしてベッドに脇に少し残った白い細かい塵。その前に跪(ひざまず)いた兵士は悲しみにくれる〔この兵士ジェイは結婚してすぐに非常招集されたが、基地が「風」に襲われて一人だけになり、妻に会おうと戻って来た〕。生きるよすがを失ったジェイが漠然と窓の外を眺めていると、窓の外をシーラとリリーが歩いていくのが見える(1枚目の写真)。ジェイは2人を追って出て行く。一方の2人。野原では馬たちが自由に走り回っている。それを見たリリーは、「なぜ、風は馬を捕まえないの?」と訊く。「知らない。あいつは、動物にはぜんぜん興味ないんだ」(2枚目の写真)。辺りはかなり暗くなっている。その時、もう1人の重要人物が、突然出現する。彼女は、風に追われて野原を全力で逃げている。シーラのスキャナーが反応する。シーラが念じると、女性に襲いかかろうとしていた風が直前で消える(3枚目の写真、矢印)。女性は、シーラに寄ってくると、「あなた、一体何をしたの?」と強い調子で訊く〔助けることができる人間がいるとは思ってもみなかったので、感謝よりも、驚きが先に出た〕。一方、2人を追尾してきたジェイも姿を現す。女性は、ジェイが悪人だと思い、子供たちを守ろうとする。「俺は、傷つけたりはしない」。シーラは、「もう遅い。屋内に入らないと」と言い、4人で一番近くの家に向かう。
  
  
  

シーラとリリーは、一緒に2階の子供部屋に行く。ベッドの脇には白い塵が残っている。その部屋で、リリーはノートにはさんであった1枚の紙切れを見つけて読み始める。「暁のそよ風は、君に秘密を漏らしてくれる。だから、また眠ってはいけない。君は本当に望んでいるものが何なのかを、訊かないといけない。だから、また眠ってはいけない。人々は2つの世界が交わる敷居をまたいで行き来している。扉が回転して開く。だから、また眠ってはいけない〔The breezes at dawn have secrets to tell you, don't go back to sleep. You must ask for what you really want, don't go back to sleep. People are going back and forth across the doorsill where the two worlds touch, The door is round and open, don't go back to sleep. Rumi〕」(1枚目の写真)。「ルーミーって誰?」。「詩人だった」。「まだ生きてるの?」。「まさか、遥か前に死んだんだ」〔シーラは、なぜ13世紀のペルシャの詩人を知っているのか? この詩は、この後でも、非常に重要な場面で登場する。シーラの能力、あるいは、「風」の謎の根源とも言えるが、それが何かは明らかにされない〕。その後、映画は1階に残った男女2人の会話を延々と描写する。簡単に要約すると、①この異変は3ヶ月前に起きたらしい。②女性ジェナは、この近くの大学で電磁気学を教え(準教授?)、CERN(欧州原子核研究機構)からのデータもモニターしていた。シャワーを浴びて戻ってくると全員の姿が消えていた。残っていたのは、システムがダウンする前にCERNから送られてきた記録に残っていた大きな山形の波形のみ【右の写真の矢印】。③この波形の瞬間、何かが、人類を抹殺する目的でこの世界に侵入したと思われる。そして、その何かは、人為的な音に引き寄せられる。④この近くにいる彼女の教授が、何かをつかんでいるかもしれず、彼女はそこに行く途中だった。⑤シーラの持っていたスキャナーを複製できれば、助かるかもしれない。の5点。結果として、4人で夕食を取ることにする。食べたのは、その家に残っていた豆の缶詰(2枚目の写真)。食事が始まると、さっそくジェナが、「シーラ、あなたが使ったスキャナーは どこで手に入れたの?」と訊く。「お母さんがくれた」。「彼女はどこで?」。「知らない」。「見せてもらえる?」。シーラは、いつも通り、素直にスキャナーを渡す。「お母さんは、何をしてたの?」。「政府で働いてた」。「どんなお仕事?」。「さあ… ほとんど何も話してくれなかったから」。「今は、どこに?」。「死んだ」。ジェナは、これまでの無神経なやり取りに、心から謝る。しかし、興味の方が優る。「どうやって風を逸らしたの?」。「心の中で、青と緑の線を 赤と同じにしようとすると、風がとまるんだ」。今度はジェイが、「訊いてもいいか? 君のお母さんが教えてくれたのか?」。「うん」。ジェナ:「どうやって分かったのかしら?」。「さあ…」(3枚目の写真)。「どこに行こうとしてるのか、訊いても構わない?」。「願いが叶う場所」。「そこに着いたら?」。「願いをかける」。「すると叶うの?」。「うん」。「どこにあるの」。「見せてあげる」。地図を見せる。「あなたが作ったの?」。「ううん、お母さん」。「どうして、その場所のことが分かったんだと思う?」。「知らない」〔言われたままに行動しているだけのシーラに どれだけ質問しても答えは返ってこない〕
  
  
  

シーラとリリーがいなくなった後、ジェナは、自分のいた大学の教授の研究所が近くにあるので(3節目の中央の地図の右上の×印のすぐ左に描いてある「立派」な建物)、そこに行けば何か分かるかもしれないとジェイに言い、彼も賛成する。そして、朝になってシーラとリリーが起きてくると、ジェナは、「ジェイも私も、できれば あなたたちと一緒に行きたい」と話す。何にでもオープンなシーラは「OK」と賛成する。「リリーは?」。リリー:「シーラがOKした」。「でも、回り道がしたいの」。シーラ:「どのくらい?」。「あなたの地図で示すわ」。しかし、その場所は、シーラの母が最後にテストした時、「邪悪」と答えた場所のすぐ近く。だから、シーラは、「だめだよ、そこは都市に近すぎる」と きっぱり断る(1枚目の写真)。「構わないじゃない。都市はもう死んでるのよ」。「風は都市に隠れてる。そこで寝てるんだ」。「でも、あなたがいて、スキャナーもあるわ。うんと注意深く行けばいい」。「ダメ。スキャナーじゃ、寝てる風は探知できない。起きてる時だけだ」。リリーは、「なぜ、そこに行きたいの?」と質問する。ジェナは、シーラがしていることを分析できれば、同じ機能をもつ装置を作れる可能性あると話す。リリー:「全員が持てるの?」。「多分ね」。リリーは、これまでの恩を忘れ、「いいわ、じゃあ行きましょ。装置を手に入るなら」と勝手に賛成する。シーラ:「だめだ!」。リリー:「なぜ?」。「言ったろ、危険すぎる」。「でも、ジェイが助けてくれるし、あなたも守ってくれる」。「都市じゃ無理だ」。「私は行くわ」。シーラは、「そうか」と言うと、立ち上がり、部屋を出て行く。ジェナやジェイが声をかけても完全に無視する。家から出ると、シーラは「望みの叶う野」に、残る3人は研究所に向かう(2枚目の写真)。しかし、心の優しいシーラは、もう一度地図を見て、今いる場所からそれほど回り道にならないと考えると、リリーを助けてやる気になる。そこで、3人に合流するが、口はきかない(3枚目の写真)。リリーが手をつなごうとしても、払いのける。
  
  
  

一行は、研究所に着く(1枚目の写真)。遠くに、映っている高層ビル群は、不思議なことに、シーラがキャンピングカーを出て最初に見えた高層ビル群と全く同じ。これらは幻想なのか? それとも、低予算映画で同一のマットペイントを「観客は気付かない」と思って使っただけなのか? 研究所は白亜のネオ・ルネサンス様式の瀟洒な建物で、周囲を、イタリア式庭園が囲んでいる。しかし、正門の鋼扉は少し開いていて、奥の中庭には、バケツが円形に並べてある。それも、以前の教会と同じ8個だ。そして、その中心にあったのは、「風」に殺された人間の塵(2枚目の写真、矢印)。バケツの水が少な過ぎたのか、この円陣に「風」から守る力がなかったことは明らかだ。シーラは、それ以上、先に進もうとはしない。そして、「中には入らない」と告げる(3枚目の写真)。リリーは、「私も」と追随する。ジェナとジェイは中に入って行く。
  
  
  

屋根裏まで上っていくが、教授の姿はどこにもない。ホワイトボードや黒板には、「風」の正体を分析しようとした試みの図式がいっぱい描かれている。そして、一番注目を引いたのは、8個の円状の点(1枚目の写真)。6節で、教会の一行が「風」の攻撃を免れた時の写真と全く同じ状況が描かれている。観客には2度目だが、ジェナにとっては、中庭で見たものの説明になっている。教授は、この方式で「風」から身を守ることができると考え、この絵を描き、中庭で実践し、どこかが間違っていて死んでしまったのだ。ジェナも、それを悟る。これで、「生きていたら相談できる唯一の人」を失ってしまった。ただし、机の上には、いくつもスキャナーが置いてある。ジェイが、「これは何だ?」と黒板のことを尋ねた時、ジェナは、「素粒子物理学と量子物理学。CERNのデータの解析。でも、私には見当がつかない」となさけない返事。一方、門の外で待つことにしたシーラは、持ってきた母の写真を見ている(2枚目の写真)。「それママ?」。「うん」。「きれいな人ね。でも、悲しそう」。「僕を1人にしたくなかったんだ」。「1人じゃないわ」〔二度と離れないという意味〕。「君のママは?」。「私が小さい時に死んだ。パパが育ててくれた。別れ別れになったけど」。屋根裏では、ジェナが据え置き型のスキャナーにスイッチを入れ、「これ使えるわ」と喜ぶ(3枚目の写真)〔訳も分からずに操作したので、風を呼び寄せた〕。すると、机の上のスキャナー(シーラと同じもの)が警告音を発し、赤いラインが出現する。
  
  
  

外にいたシーラは、風の出現を知り、急いで建物に向かう(1枚目の写真、矢印は、突然、竜巻のように現れた「風」)。しかし、2階まで駆け上がったところで、室内に入り込んだ風にリリーがとらえられる。大人2人が屋根裏から駆け下りてきて見たものは、真っ白なリリーだった。シーラが手を伸ばし(2枚目の写真)、指に触れると、粉々になってシーラの前に散らばる(3枚目の写真、矢印)。シーラは、2人(特にジェナ)を睨む。そして、何も言わずに立ち去る。リリーの残骸の前で黙祷したジェイは、「ここに来るべきじゃなかった」とジェナに言う。
  
  
  

3人は、まだ明るいうちに、その夜を過す倉庫に入る(1枚目の写真)。シーラは、2人と分かれて奥にあるソファに座る。人間的感情を持たないジェナと違い、ジェイは、1人でシーラの近くに行くと、「シーラ、済まなかった。君の言うことを聞かなくて悪かった。あの子が ここにいたら、と心から思うよ。君は勇気のある少年だ。一緒にいてくれて嬉しい。休むといい」と心から謝罪する(2枚目の写真)。これに比べ、命を救ってもらったジェナの方は、持ってきた据え置き型のスキャナー〔間違って操作し、結果的にリリーを殺した〕にかかりきりで謝罪一つない。実に嫌な人間だ。その後、シーラの顔のアップが映る(3枚目の写真)。何を考えているのかは分からない。ジェナの元に戻ったジェイは、軽蔑と非難を込めて、「それ、役に立つのか?」と訊く。ジェナは、「フェアじゃない」と開き直る。何にでも小心なジェイは、「悪かった」と謝る。「彼がやれることを複製できると思うの。調整すれば、風を呼び寄せるのではなく、逸らせられるかも」。「どうやって?」。「彼が、次にやる通りにやってみる」〔シーラは頭の中で念じているのに、「やる通りに」とはどういう意味なのか?→結局、三流の学者の「口だけ」〕。「うまくいくのか?」。「分からない」〔このジェナの最終目標は、「生き残りたい〔I want to survive〕」、だけ〕
  
  
  

翌朝、3人は最後の行程に出発し、野原に着く。映画では何も表示されないが、そこが「望みの叶う野」であることは確かだ。彼らが到着すると、急に雷鳴が轟き、空全体が褐色に染まり、黒い雲で覆われる。そして、唐突に鐘の音が3度響き渡る〔3人が来たというサイン?→望みが叶うのも1人1回、計3回という意味?〕。そして、野原一面を「風」が吹きすさぶ(1枚目の写真、風は矢印の方向に吹いている)。しかし、風は襲ってくるわけでなく、ただ吹いているだけだった。突然、風の中に泡のようなものが出現し、中にジェイの妻が入っている。ジェイの望みは叶い、死んだ妻が現れたのだ。シーラが、「中に入れてあげられるけど、入って行く?」と訊く。「行くとも」。シーラがスキャナーを取り出す。いつもと違い上半分が真っ赤になっている【下の写真・左】。シーラ:「準備できた」。緑と青の線が直線になり、赤に向かって上がって行く【下の写真・中央】すると、風の流れの中に通路が現れる(2枚目の写真)。ジェイはその中に入って行くが、なぜか走らずに、一歩一歩 歩いて行く。あまりにゆっくり進んでいたので、端の方からゲートが崩壊し始める。シーラは全力をふりしぼって崩壊を遅らせようとするが、スキャナーの赤が乱れて下が白く波打つ【上の写真・右】。ジェイと妻は、手を握り合う直前で動きが止まり、2人はしばらくそのままの姿で固まる(3枚目の写真)。そして、ジェイの方が先に塵となって風に流され、それを見て悲嘆にくれた妻も、「泡」が風で崩れ、塵となって消える。
  
  
  

次に現れたのは、シーラの母。浅はかなジェナは、「行っちゃダメ。ジェイがどうなったか見たでしょ」と止めるが、母を信じているシーラは、「僕は行く」と言い、ジェナに、彼女が研究所から持ち出した据え置き型のスキャナーを見ているように頼む。ジェナ:「シーラ、あなたのスキャナーは?」。「僕は必要ない」(1枚目の写真)。シーラは母に向かって真っ直ぐ歩いて行く(2枚目の写真)。再び端から崩壊が始まる。しかし その時、シーラは心から念じる(3枚目の写真)。その時、流れるのが、以前リリーが詠んだ詩。「暁のそよ風は、君に秘密を漏らしてくれる。だから、また眠ってはいけない。君は本当に望んでいるものが何なのかを、訊かないといけない。だから、また眠ってはいけない」。
  
  
  

シーラが目を開けると、泡は2つに増え、母の隣にはリリーがいた(1枚目の写真)。これを見て、ジェナが、「まさか、彼女は私の望みだった」と言うので、リリーはジェナの望みが叶って生き返ったのであろう。シーラが2人の前に立ち、どうしていいか分からずにいると、2人が手を差しのべる。そして、母が、「どちらか選びなさい」と告げる。シーラは困惑する(2枚目の写真)。「できないよ」。「心に従いなさい。あまり時間がないわ」。また崩壊が始まる。シーラは右手で母の手を、左手でリリーの手を取る。そして、両手を重ね合わせ(3枚目の写真)、最後は、母とリリーに手を握らせる。
  
  
  

「自分は生きている。母とリリーと一緒にはなれなくても、2人とも生き返らせたい」という 心の願いに従った結果だ。寂しげな顔のシーラの前で(1枚目の写真)、母とリリーの泡は1つになり、2人は親子のように仲良く微笑み会う。母は、残りの詩を口にする。「人々は2つの世界が交わる敷居をまたいで行き来している。扉が回転して開く。だから、また眠ってはいけない」。そう言うと、リリーと手をつないで去って行く(2枚目の写真)。しばらく歩くと2人の姿が輝いて消え、代わりに正常な空間が戻る(3枚目の写真)。この正常な空間は、どんどんと拡がり、鐘が1回鳴ると同時に、風が消え、すべては元通りになる。
  
  
  

シーラが、母のいた足元を見ると、一通の白い封筒が落ちている。そこには、「あなたと一緒にいられない時のために」と書いてある(1枚目の写真)。ジェナ:「大丈夫? リリーを救ったのね。素晴らしいわ」。しかし、シーラは母と一緒にはなれなかった。ジェナは、シーラの持っている封筒に気付く。「それは何?」。「ママからの手紙。草の上にあった」。「開けてもらえる?」。シーラは封筒を開ける。「別の地図だ」。ジェナが、研究所で拾ったCERNからの最後の記録と比べると、そこに描かれた「円」はよく似ていた(2枚目の写真、渡された地図はこの部分だけでなく、もっとずっと広範囲)。地図には、「彼女には、あなたの助けが必要」と書いてある。ジェナは、「ここ、どこか知ってるわ」と言う。それを聞いたシーラの顔が、一瞬、何を考えているか分からなくなる。「何を考えてるの?」。「一緒に行こうって」(3枚目の写真)。「遠いわよ」。「平気さ。遠くから歩いてきたろ」。この言葉で映画は終る。この先、2人は、何を見るのであろう?
  
  
  

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